毒親の葬式など
必要ありません。

そもそも仏教の中で
釈迦(しゃか:仏教で一番偉い人)は、
葬式を必要ないと言っています。

葬式は、インド・チベット仏教が
中国などに伝わってから以降に誕生した、
仏教の亜流のような存在です。

いまではその亜流が
日本では本流になっていますが、
そもそも葬式は必要ないものです。

 

頭の固い高齢の方ほど、
上記のことを伝えたとしても
何も話も聞いてくれません。

昔ながらの間違った常識、
昔からの間違った習慣が
頭に刷り込まれている状態なので、
是が非でも葬式を行おうとします。

当然、毒親は、
世間体が強い人種がほとんどなので、
葬式も行うケースが多いです。

 

最近は樹木葬や
海に埋葬する方法も増えていますが、
それでも「お墓」や「仏壇」に
過剰にこだわる人も多いです。

そうしたこだわりが
良い方向へ行けばよいのですが、
変な方向へ向かうと悪質度の高い
毒親のような存在を生み出します。

毒親の中には
「墓守」という非常に厄介な
問題を引き継がせるモンスターもいます。

 

仏教のこともろくに勉強していないくせに、
ただ単に風習だけに則って
意味なく習慣を受け継がせようとしてきます。

「お墓を守る」ことに
何の意味があるのでしょうか?

「お墓には意味がない」とも言われており、
金満坊主のお金になるだけなのに
何の意味があるのでしょうか?

高い戒名を付けて、
高い墓石を使用することは
故人と何の関係があるのでしょうか?

 

毒親も墓守も
子供のことなど微塵にも考えていません。

子供がやりたければやりますが、
子供の自由を制限してまで
自分の願いを押し付けるのは、
ただの横暴でしかないと思います。

 

本当に信頼できる方、
本当に尊敬できる方のお葬式であれば
いくらでもあげたいと僕は思います。

でも、実母・毒親に対しては
葬儀をあげたいとも思っていませんし、
葬儀も放棄したいと考えています。

他の人にどう思われようと、
変人に思われようと、
自分の人生を取り戻したいと思います。

 

毒親とは直接は関係ないかもしれませんが、
墓守も大きな問題のひとつなので
取り上げさせていただきました。