毒親の孤独死など
気にする必要はありません。

同居して死亡を放置していたら
犯罪になる可能性がありますが、
別居していれば話は別です。

 

今の時代、孤独死がニュースになるくらい、
孤独死そのものが一般的になってきました。

毒親から受けてきた傷、
毒親から受けてきたダメージを考えれば、
親の面倒は最後まで見る必要はありません。

 

僕は、暴言・暴力を受けてきました。

タバコの火を押し付けられたこともありますし、
いまだに目に見える傷が体についています。

傷は一生消えないと思いますし、
心のダメージもケアすることはできても
完全に消えることはできないと思います。

 

ここまで子どもたちがボロボロにされていても、
世間的には「親の面倒は見るもの」だと言われています。

どれだけダメージを受けていても、
どれだけ精神的にボロボロにされても、
親の面倒は最後は見るものだと言われています。

世間的には。

 

この「世間」に悩まされて、
「世間」に板挟みにされて、
苦しんでいる毒親育ちの方も多いですね。

そもそも「親の面倒をみる」のは儒教の考えで、
「立派な親の面倒を見る」「立派な親を尊敬する」という
考え方に基づいたものになります。

子供から見て立派な親、
子供から見て大切にしたい親、
そんな親の面倒を見るのは自然なことかもしれません。

でも、毒親など立派ではありませんし、
尊敬する部分など微塵にもないと思います。

 

どのレベルの親のことを毒親と呼ぶかは、
僕にはわかりません。

少なからず、
子供が苦しむような親は、
正常な親ではないと思います。

子供が嫌がるようなことをする親は、
正常な親ではないと思います。

大人になってもコントロールする親は、
正常な親でない以上に、
親自身が大人になりきれていない可能性が高いです。

 

毒親自身の孤独死は、
自業自得によるものだと思います。

孤独死に向かう原因を作り出したのは、
まぎれもなく毒親自身です。

親の人生は親のもの、
子供の人生は、
僕たち子どもたちのものです。

 

暴力を振るわれても、
暴言を吐き続けられても、
性的被害に合われていたとしても、
面倒を見たければ見れば良いと思います。

僕は、すでに
毒親とは関係が切れていますし、
孤独しようが関係ないと思っています。

面倒を見るのも見ないもの、
子ども自身が決めれば良いことだと思います。

 

間違っても「世間」には
惑わされないようにしてくださいね。

「世間」など、どこにもなく、
ただの幻想に過ぎないので。