毒親育ちの方の中には、
優しい方がとても多くいますね。

本当に優しい方もいれば、
毒親の前でピエロのように明るく振る舞うことで
生き延びてきた「仮性の優しさ」の方もいると思います。

こうした、優しい方ほど、
偽物でも優しい気持ちを持っている方ほど、
最初は毒親に対して罪悪感を持ってしまいがちです。

 

自分自身の不調を調べていくうちに
「毒親」という言葉に出会ったものの、
それを認めることができないタイプの方も多いです。

誰がどう見ても毒親に育てられたような方が、
「うちは毒親ではありませんよ」と
おっしゃるケースも多々あります。

親を「毒親」と認定することに、
極度に罪悪感を持ってしまう方もいますね。

 

育ててくれたんだから、
面倒見てくれたんだから、
経済的に苦労させたんだから。

子供なんだから、
親なんだから。

いろいろな「だから」が、
僕たちを縛り付けています。

 

毒親から抜け出すためには、
まずは毒親に対する罪悪感を消すことが重要です。

毒親に対して同情する必要もありませんし、
優しい気持ちを持つ必要もありません。

強引に感謝する必要もなければ、
強引に許す必要もありません。

 

優しい気持ちがあればあるほど、
事実を曲げようとしてしまいがちです。

そもそも正常な家庭であれば、
ここまで苦しむこともありませんし、
罪悪感を感じることも一切ありません。

 

一般家庭にはない「何か」を過去に経験すると同時に、
優しさや家族・家庭など「一般常識の言葉」に縛られると、
一気に罪悪感を持ちやすくなってしまいます。

そんな「一般常識の言葉」を僕たちに植え付けたのは、
紛れもなく毒親たちです。

 

罪悪感を持っている時点で、
まだ毒親に縛られている状態です。

過去の僕も同じだったので、
よくわかります。

 

「親に優しくしなければならない」
「親の面倒は子供が見なければならない」
「親は尊敬の対象だ」

上記は、すべて幻想であり、
旧時代の遺産の言葉です。

変な言葉に、変な常識に、
毒親に縛られる必要はありません。